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学校ってこうだったらいいんじゃね?

年始早々研究が行き詰まり、親戚付き合いが全く楽しくないのでちょっと思った事を書きます。

 

いちえいの専門はたぶん「数学」と「社会学」です。(たぶん)

一番時間をかけて勉強したのはおそらく「数理教育」です。

 

学校というもの教育というものに対して自分が納得できないので、教員にはなりませんが教育に対しては確固たる自分の理想像があります。

 

なので書きます。

 

まず、

 

なぜ教育するのか?

 

教えないと知れない事があるからです。

絶対にふつうに生きていくだけでは知れないが知っておく必要がある事があります。

三角関数は日常の生活では使いませんが、これによって理解できる事がたくさんあります。円運動とか。)

特別な場所に行って聞かない限り知れない事があります。だから教育は大切なのです。

 

次、

 

学校はなんのためにあるのか?

 

社会と接続するためです。一人では人間できる事が限られています。だから複数の人が集まって何かをやる必要があります。それが社会です。

日本をベースに考えると、この国は豊かなので社会に出て何かする練習をさせてくれているのです。学校はいろんな人と何かやる体験をさせてくれてます。

 

ぼくの中では、知らせないと知れない事があるから教育はあるし、社会に出るための練習の場として学校は存在します。絶対です。

 

 

さて、学校って具体的になにをすればいいのか?

これが超大切です。

 

日本の教育制度って間違いなく大学を重視しているので大学が終わると日本は終わります。(ちょっと考えてほしいのですが、日本の教育の場では、いい大学に行くためにいい高校に行くし、いい高校に行くために中学生はがんばって受験勉強しているでしょ。)

 

この事をふまえると大学がこうってのを示すのが一番です。

 

大学がやるべきこと

・多様性を創造する

・本当に学問を教える

・社会がどうであるかを示す

 

この3つが基本だと思うのです。

 

が、大学教授は

・自分の分野以外知らない

・頭いいかもしれないが、プレゼン能力がなさすぎるので全く伝わらい

(授業がつまらない)

・社会経験がない

です。

 

まじ、バカ。

 

いちえいの根幹にある考え方として

「多様性を認めれない奴はバカ」なんですよね。

 

もし、多様性を認めないのであればすべての人よりもすごくならないといけません。

絶対無理です。

(「いろんな奴いるわ~。マジおもしれ~。」って言ってた方が絶対楽しいです。)

 

って考えると、

大学教授を、企業の部長とか役員とかそんな人たちにしちゃえばいいじゃん!

(ぼくは全員がそうなるべきだとは思ってません。数学をできる人はおそらく日本の企業人にはいないと思います。けど、理学をやる人間は必要です。なので、そういう必要です)

 

例えばだけど、民間の研究所とトレードして5年単位で研究所と大学を行き来するとかすればいいじゃね?

 

なんかデメリットある?

 

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大学教授の愚痴しか書いてないかもしれませんが、

 

ぼくの中で最も価値が高い事は「視野を広げる事」と「楽しく働かせる(勉強させる)事」です。

視野を広げるのは視野が広い人がやるのが一番!

楽しく働かせるのは、楽しく働いている人がやるのが一番!

 

だから、こんな人材が必ず世の中に必要なんです。

大学教授はこんな人間以外なるなよ。マジで。

そもそもこんなにたくさんいらないから、大学教授。

 

 

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まったく、まとまりがない文ですが

こんなとこです。